はんすぷらいふ

はんどすぷりんぐしながら進む、わたしの毎日◎ 保育士から異業種へ転職した経験/目的を掴むための人生の歩みについて綴っています☆°

お米に宿る、一粒の命

私が大好きなのは、母の握った白おにぎりです。

なんであんなに美味しいんだろう。

 


当たり前に食べているお米。 

豊かに生活させてもらってるので、今のところは食べることに困っていません。

 

でも、お米を食べたり料理をする時に、ふと母の言葉が頭を駆け抜けます。

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      https://www.linustock.com

 

 

母の教え

 

「お米は一粒も粗末にしたらいけん」

 

母からずっと言われてきた言葉でした。

 

私たち人間は、全ての命から生かされている。

だから、小さいお米の一粒だって粗末にしてはいけない。

というような教えだった気がします。

 

そのため、ご飯を食べるときはもちろん。

お米を研ぐ際も、洗った水を流すときは下にザルをおいて一粒も流してしまわないように母から言われていました。

 

 

幼い頃の私はこの言葉を真に受けられず、

「お米ってたくさんあるやん」

そんな風にしか考えていなかったんですね。

しかも、ザルを洗うのが面倒とまで考えるズボラっぷりでした。

 

残さないのが当たり前

教育って洗脳の一種かな、と思うことが度々あります。

日々教えられていること、言われていることが自身の価値観を形成することに繋がるな、と。

 

というのも、母からの教えを破ることがなんとなく恐くなるんです。

食事で米粒を残さないのはもちろんのこと、お米を洗う時に一粒もこぼさないようにすることが私の当たり前になりました。

 

その意味を大事にしているというわけではなく、ただ「なんとなく」でした。

 

 

その後忘れられないことが起こります。

 

 

米粒を残す初恋の人

中学生の頃、好きな人ができました。

スポーツもできて面白いクラスの人気者。

 

その男の子がお弁当を忘れるという出来事があり、なぜか私は母が作ってくれたお弁当をあげたんです。

(自分のお昼ご飯はどうしたのか覚えていません…)

好きな人へ親切にできたことが嬉しくて、るんるんで帰宅。

しかし、帰宅後に驚愕します。

 

弁当箱を洗おうと開けたところ、米粒が何粒も残されていたんです。

 

残さないことが当たり前だった私は、驚きを越えて悲しくなりました。

せっかくお母さんが作ってくれたお弁当だったのに、と。

 

お弁当を渡した男の子を責めることもしませんでしたが、好きな気持ちも自然消滅。

振られたわけではありませんが、初めての失恋でした。

 

同時に、いつもは食事を提供してもらうだけだった私ですが、提供する側の気持ちが少し分かったような気がしました。

 

一粒の命

それから年月は流れて大人になり、保育士として子供たちに食育をしたり、自分が作ったご飯を誰かに提供する機会ができます。

そうなって初めて見えた、提供する側の気持ち。

 

お米が育つまで、ご飯が作られるまでの努力も大切にしたいという気持ちが芽生えます。

また、様々な自然の環境から、お米一粒一粒に命が宿る、という実感を得ました。

 

当たり前に食べさせてもらっているお米。

これからも実り豊かな国であるよう、祈りと感謝を忘れずに、一粒の命も大切にしていきたい。

 

そして、その心をしっかりと教えてくれた母への感謝も込めて。

 

 

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